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最新の北大路魯山人の作品を集めた大全です。 北大路魯山人の代表作である山椒魚、織部という陶器、鮑の水貝、だしの取り方などを全て掲載しています。 北大路魯山人の世界をご堪能ください。 「北大路魯山人は、日本の芸術家。本名は北大路房次郎。 晩年まで、篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などの様々な顔を持っていた。」 (Wikipediaより抜粋) <掲載作品一覧> 味を知るもの鮮し 明石鯛に優る朝鮮の鯛 甘鯛の姿焼き アメリカの牛豚 鮟鱇一夕話 洗いづくりの世界 洗いづくりの美味さ 鮑の水貝 鮑の宿借り作り 鮎の食い方 鮎の名所 鮎の試食時代 鮎を食う 鮎ははらわた 美味放談 美食七十年の体験 美食多産期の腹構え 美食と人生 備前焼 茶美生活 茶碗蒸し デンマークのビール だしの取り方 フランス料理について 筆にも口にもつくす 河豚食わぬ非常識 河豚は毒魚か 現代茶人批判 弦斎の鮎 鱧・穴子・鰻の茶漬け ハワイの食用蛙 蝦蟇を食べた話 一癖あるどじょう 生き烏賊白味噌漬け いなせな縞の初鰹 インチキ鮎 猪の味 尋常一様 序に代えて 夏日小味 窯を築いて知り得たこと カンナとオンナ 感想 家庭料理の話 数の子は音を食うもの 近作鉢の会に一言 琥珀揚げ 昆布とろ 昆布とろの吸い物 個性 古陶磁の価値 高野豆腐 小ざかな干物の味 古唐津 くちこ 車蝦の茶漬け 京都のごりの茶漬け 胡瓜 鮪の茶漬け 鮪を食う話 道は次第に狭し 味覚馬鹿 味覚の美と芸術の美 持ち味を生かす 鍋料理の話 伝不習乎 納豆の茶漬け なぜ作陶を志したか 握り寿司の名人 日本のやきもの 日本料理の基礎観念 日本料理の要点 海苔の茶漬け 欧米料理と日本 お茶漬けの味 お米の話 衰えてきた日本料理は救わねばならぬ 洛北深泥池の蓴菜 良寛様の書 料理メモ 料理も創作である 料理の第一歩 料理の秘訣 料理の妙味 料理芝居 料理する心 料理と食器 料理は道理を料るもの 料理一夕話 西園寺公の食道楽 山椒魚 三州仕立て小蕪汁 世界の「料理王逝く」ということから 瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感 椎茸の話 塩鮭・塩鱒の茶漬け 塩昆布の茶漬け 知らずや肝の美味 素人製陶本窯を築くべからず 食器は料理のきもの 小生のあけくれ すき焼きと鴨料理─洋食雑感─ 筍の美味さは第一席 魂を刳る美 田螺 てんぷらの茶漬け 陶芸家を志す者のために 東京で自慢の鮑 美味い豆腐の話 梅にうぐいす 海にふぐ山にわらび 鰻の話 若鮎について 若鮎の気品を食う 若鮎の塩焼き 若狭春鯖のなれずし 私の作陶体験は先人をかく観る 私の陶器製作について 夜寒に火を囲んで懐しい雑炊 湯豆腐のやり方 材料か料理か 残肴の処理 雑煮
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Veröffentlichungsjahr: 2018
表紙
目次
扉
本文
味を知るもの鮮し
明石鯛に優る朝鮮の鯛
甘鯛の姿焼き
アメリカの牛豚
鮟鱇一夕話
洗いづくりの世界
洗いづくりの美味さ
鮑の水貝
鮑の宿借り作り
鮎の食い方
鮎の名所
鮎の試食時代
鮎を食う
鮎ははらわた
美味放談
美食七十年の体験
美食多産期の腹構え
美食と人生
備前焼
茶美生活
茶碗蒸し
デンマークのビール
だしの取り方
フランス料理について
筆にも口にもつくす
河豚食わぬ非常識
河豚は毒魚か
現代茶人批判
弦斎の鮎
鱧・穴子・鰻の茶漬け
ハワイの食用蛙
蝦蟇を食べた話
一癖あるどじょう
生き烏賊白味噌漬け
いなせな縞の初鰹
インチキ鮎
猪の味
尋常一様
序に代えて
夏日小味
窯を築いて知り得たこと
カンナとオンナ
感想
家庭料理の話
数の子は音を食うもの
近作鉢の会に一言
琥珀揚げ
昆布とろ
昆布とろの吸い物
個性
古陶磁の価値
高野豆腐
小ざかな干物の味
古唐津
くちこ
車蝦の茶漬け
京都のごりの茶漬け
胡瓜
鮪の茶漬け
鮪を食う話
道は次第に狭し
味覚馬鹿
味覚の美と芸術の美
持ち味を生かす
鍋料理の話
伝不習乎
納豆の茶漬け
なぜ作陶を志したか
握り寿司の名人
日本のやきもの
日本料理の基礎観念
日本料理の要点
海苔の茶漬け
欧米料理と日本
お茶漬けの味
お米の話
衰えてきた日本料理は救わねばならぬ
洛北深泥池の蓴菜
良寛様の書
料理メモ
料理も創作である
料理の第一歩
料理の秘訣
料理の妙味
料理芝居
料理する心
料理と食器
料理は道理を料るもの
料理一夕話
西園寺公の食道楽
山椒魚
三州仕立て小蕪汁
世界の「料理王逝く」ということから
瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感
椎茸の話
塩鮭・塩鱒の茶漬け
塩昆布の茶漬け
知らずや肝の美味
素人製陶本窯を築くべからず
食器は料理のきもの
小生のあけくれ
すき焼きと鴨料理─洋食雑感─
筍の美味さは第一席
魂を刳る美
田螺
てんぷらの茶漬け
陶芸家を志す者のために
東京で自慢の鮑
美味い豆腐の話
梅にうぐいす
海にふぐ山にわらび
鰻の話
若鮎について
若鮎の気品を食う
若鮎の塩焼き
若狭春鯖のなれずし
私の作陶体験は先人をかく観る
私の陶器製作について
夜寒に火を囲んで懐しい雑炊
湯豆腐のやり方
材料か料理か
残肴の処理
雑煮
味を知るもの鮮し
北大路魯山人
食物はなんとしても「美味く」あって欲しい。美味くなくてはよろこびというものがない。美味いものを食うと、人間誰しも機嫌がよくなる。必ずニコニコする。これが健康をつくる源になっているようだ。
美食を要求しているものは、口であるように思っているけれども、実は肉体の全部が連合して要求しているらしい。どうもそう考えられる。心というものも、その中の一員であって、常によろこびを理想としている。この心さえ楽しんでくれれば、他に少々間違いがあっても、打ち消されてしまうようである。
カロリーだ、ビタミンだと言ってみても、人間成人して、自由を知った者は、必ずしも心のよろこびとしては受け取らない。まず自分の好きなもの、好む食物でなくては、いかに名高い食物であっても、充分の栄養にはならないであろう。だから、他人がいかに「美味い」と言っても、自分が好まなければ、なんの価値もないのである。
他人が愛飲する酒の如きは、人によって天の美禄でもあり、百薬の長ともなるが、好まざる者には無価値である。煙草などもその一例であって、好まざる者には全くの無価値である。否、害毒となって健康をそこねるであろう。
人間一生涯好きな物ばかりで、三度三度の食事を楽しんだら、誰しも文句はないはずである。にもかかわらず、大抵は欲する美食とは縁遠い雑物を食事として堪え忍んでいるというのが、実際の生活になっている。あるいは無神経なるが故に、無頓着に過ごしている。そのいずれかである。
それも貧者であれば思うにまかせぬということもあろうが、相当の富者にして、食の自由を知らずじまいに過ごしている者があるのは、まことに気の毒のかぎりである。それにこういう人々には、決ってなんらかの持病があるのを見逃すわけにはいかない。
とは言っても、孔子の言った如く、「人飲食せざるは莫なし、能よく味を知るもの鮮すくなきなり」は事実である。「一国の王者と雖いえども、位人臣を極めた者とて、美術を解し、食を弁ずる者はない」と、若い頃、豪語したことを覚えているが、大体、今でもその考え方は変っていない。
世間、医薬に通暁する者、病後の療養に熱心な者は、数多く見受ける所であるが、目的を健康に置き、三度三度の食事の自由を高く叫び続けている者は容易に見当らない。ただもう世間並みに付和雷同し、個性なき食物、いわば家禽の如く宛てがい扶持に大事の一生をまかせているかである。自分の了見で好きなものを選択し、三度三度美味いもの食いをつづけることが理想的であるが、これを罪悪視し、ゼイタク者とし、甚だしきは異端者視し、自由食欲を許さない陋習をふしぎとしない風習をつづけているが、これは健康問題の上から深く考えて、食欲の自由を許すべきであろう。
しかし、実際問題となると情けないが、なにを食いたい、なにが食べたいと考える人があったとしても、答えは不完全である。なんでも結構に終る。数多くの「美味い」ものに通暁する所が不充分であるためであろう。我々が常に「美味い」と賞美し、口にする食物は、あらまし考えるだけでも一千種もあろう。詳しく調べるならば、一万種にも及ぶはずである。ところが世間一般が常に口にするものは、せいぜい五十種か百種であろう。驚くべき無関心である。全家庭は大体偏食をつづけているようである。本来言うならば、近来流行している栄養医学に関係ある人々が、食物と料理に精通されるならば、試験管中に一層の命が加わり、栄養料理は美味くないなどという今日の悪罵はおのずと雲散霧消し、日本人の健康増進にと寄与することは疑うべくもない。
とにかく、三度三度の食事は「美味く」なくては意義がない。しかし「美味い」にも段々があって、味覚の程度も、生得的にひとりひとり違っているから、無差別に断を下すわけにはいかない。年齢差という感覚の相違もあって、美味い、不味いは、一概に言ってのけるわけにはいかない。誰が美味いと言ったか、不味いと言ったか、その言った人により判断するより仕方がない。
美術や食物の良否は、一様に誰にでも分るというわけにはいかないから、その辺注意深く考える必要がある。ことにみながやさしいと誤認している日本料理は、実はむずかしくて容易に究められるものではないから、従ってまた容易に料理し得るものでもない。家庭で日本料理を本気に日本料理でございとつくることは、現今人では、一部の茶人以外は不可能と言ってよい。ラジオ料理の先生も、聴講生も、いかにもレベルが違いすぎて、今のままでは処置のない存在に過ぎない。明治初年以後曲げられて来た日本料理は、もうそろそろここらで反省し、根本から了見を改むべきで、例えば、世上往々中毒事件を惹起している惨事の如きは、料理関係者の堕落が原因である。要は眼で見る色沢、鼻で嗅ぐ香気、口加減に見る味覚等により、善悪良否は判別されるものであるが、経験不充分な者、責任を敢えて感ぜざる者、全然無神経なる者、誠意無き者等によって、中毒原因の根本をつくっていると、私は見る者であって、食品原料を軽く取り扱う陋習を厳しく改めたいと念願している。
しかし、食品原料の良否などに全然眼の利かないお役人の、形式的な取り締まりに委ねて安閑としている現状のつづくかぎりは、中毒事件の後を断つなどは望みなきものと見なければなるまい。この点、高級料理はまず安心である。原料の質に重きを、鮮度高きものに重きを置くからである。仕入れに当って、高い安いは本来無頓着であるからである。
私は多年ラジオ料理にも注意深く耳を傾けつづけて来たが、その講師は男女ともに傾聴に価する講者を発見したことはない。いかなる家庭に育った人たちか、どんな料理経歴をもつ人々なるか、いずれもが低調な料理職人から学んだであろうことが、ほぼ察し得られるゆえに、生きた資材も、いらざる手間のために、味を損ね、料理学上無知の譏そしりを免れず、まことに噴飯に堪えないのが実情である。毎日のように栄養知識、経済知識を吹き込まれるが、私の言う料理は「美味く」なくてはならないという。この美味い料理の話に出会ったことはない。ことに「美の伴った料理」これは絶無と言ってよい。殺風景そのものである。要するに、識者がひとりとして「美」を知らないためであろう。
もとより料理調度品に趣味を有し、眼の利くまでに研究を重ねた人の出現しない事実は、ふしぎとは言えない現状にある。
よき食器、よき調度品はものを美味く食わす、これは昔から言うことである。大方は、この言葉を耳にしているはずであるが、実際に研究している傾向はない。惜しむべき傾向である。富者たると豊かならざる庶民たるとの区別はあっても、心に楽しむ料理に関心があるなら、それぞれ相応の工夫をもって心を楽しみに導くべく、美しく豊かに処置し得るものである。知ってはいるが、持つものを持たないから、それは無理だ、などという者の後を断たないということは、まことに残念である。
品位好尚が高雅であれば、つくられるところの料理も、すべての出で立ちも、おのずと品位備わり、口に美味く、心に楽しく、完全に栄養の目的は達し得られるはずである。
料理の先生も料理屋も、それぞれ段階があって、為す所、語る所の相違はあっても、事実となって現われる所は、いずれも美味そうに見える料理であって、真に美味い料理、それは稀に見る事実は別として、まず皆無と言ってよい。
刺身の如き加工少なきものは、高級料理屋に見ることはできるが、様々に工夫され、素人をして、これはどうしてできたかに感動さすといったふうなものには、決して「美味い」料理はないのがふつうである。ところが、この「美味く」ない料理を見て興味を感じ、騙される風習もあって、虚偽の流行となり、真の味覚は宙に迷ってしまうのである。美食に恵まれたわが日本は、数千種類の美味なる魚介を持ち、数千の美菜を産している有難い国である。鮮度に注意すれば、化学調味料などに意を用いる必要はない。
日本の山海は、美菜美魚に恵まれすぎている。この天来の持ち味を生かすか殺すかが、料理する者の責任であり、楽しみの種でもある。その昔、単なる大豆、得体が知れない芋、これらを生かして豆腐を発明し、美味くて安くて、日常食としても万人貴賤都鄙とひみな愛好するもの、蒟蒻こんにゃくをつくりあげた作家は、中国人にしても、日本人にしても、驚くべき創作家的料理人である。
現今のように無闇に砂糖を投じ、ものの持ち味を殺し、いささかも顧みる所なき唯々慨歎するほかはない。欧米人をやたらに有難がり、一から十まで外人の所作事真似事風習は、心ある者をして顰蹙ひんしゅくせしめているが、洋食に砂糖気のないことには気付かないのか。日本人は、ライスカレー、シチュー、ソースまでみな甘くしてしまった。砂糖は劣食品を瞞着する秘密を持つことを知るべきである。いずれにしても、砂糖の乱用と化学調味料を無定見に用いることは、充分慎むべきことであろう。
底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2013年5月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
明石鯛に優る朝鮮の鯛
北大路魯山人
たいについて、京都、大阪で、子ども時分から聞きこんでいることは、玄海灘を越してきたたいでなくては美味くないということだ。玄海灘を通過してきたたいには、その骨にイボのような珠みたいなものができていると聞かされた。
私は昭和三年、朝鮮へ古窯跡の探査と、陶器原料の蒐集の目的で渡った。その時季がちょうど五月一日から三十日までであった。行程は朝鮮半島の京城から以東をおよそ全部旅行した。その折、太口面(康津郡)すなわち木浦から少し手前、康津で高麗青磁の窯跡を探って、たくさんの資料を蒐集し、帰途、岩礁の多い海岸に沿って、曲浦渚汀を、順天・馬山・釜山方面へと巡遊した。ところが、これらの地方で、はからずも非常に美味いたいの刺身をふんだんに食わされた。そのたいの刺身は、自分が今までに味わったことのある明石あかしだいよりは、はるかに──とも言えるほど美味おいしいたいであった。
その後も、到るところで、そのたいを飽かず賞味して、感心させられることしばしばだった。実際、その辺に移住してきている内地人や、地元の人たちだけに食わしておくにはもったいないほどのたいであった。内地では容易に舌にのらないほどの逸品だからである。その美味さは今日まで忘れがたい。
元来、朝鮮は鳥でも魚でも一体に不味いところで、ことに京城にいた時代など、一度だって美味い魚を食ったことがなかった。昭和三年の朝鮮滞在中もたべものに難儀した。それだから魚らしい魚などないものと決めてかかっていた。馬山あたりで美味いたいが獲れるということなど、かつて耳にしたことがない。それがどうだろう、全く偶然、その美味いたいに、はからずも出会でくわしたものだからたまらない。意外な掘り出しものに驚いた。
そこで、このすばらしいたいが、一体どこへ売られて行くのか調べてみると、出漁先沖合いに下関方面から買い出し船がやってきて、その多くは内地へ運んで行くのだそうだ。
話は別になるが、たいについての思い出のひとつに、かつて北陸の山代や山中の温泉から金沢地方にかけて九谷焼き研究のため、久しく滞在していたころのことである。元来、北陸というところは、いわし・たら・なまこ・かに・甘えびなどの特産物は別として、一般魚類は不味いものばかりだ。特にたいなどは南日本海に比して問題にならないほどひどいものだ。ところが、加賀の海で五、六月のころ、土地でやかましく言う「たい網」という特種の漁法によるたい漁に遭遇することがある。この網で獲れたものは、明石だいとほとんど同じもので、事実美味いのに驚かされる。この地方で、ふだん獲れるたいは、明石のまだいとは比較にならない劣等品だ。それなのに、この季節にかぎるたい網のたいは、全然明石だいと区別がない。
この地方の人が、たい網のたいを食って「明石だいよりはるかに美味い」と誇って関西人を怒らしたと言うが、その自慢もあながち否認できない。
どういうわけで、北陸にこんな美味いたいが、この季節に獲れるかと不思議に思ったが、ようやくそのわけがわかった。つまり、四、五月という時節は、本場の明石だいはもとより美味いときなので、それらをいろいろ思い合わせてみて、たいが玄海灘を越えてくるということは、岩礁や島嶼とうしょが蜂の巣のように存在する朝鮮南端に発育することだ。その巣窟をば、彼らは産卵、あるいはなにかの作用で大部分が東方日本の方へ向かって遊弋ゆうよくし、その途次、すなわち玄海灘を押し切って東漸し、大多数が瀬戸内海に入り、または九州、土佐あたりへも分れる。なお他の一部が同時に裏日本へもまわってきて、ふだんは影だに留めないものが、その産卵期だけ、たい網に入るのだろう。それで朝鮮南端、瀬戸内海、北陸、山陰、みなこの季節は同じ滋味を有しているのではないか。
毎年、北陸のほうでは、この優れたまだいを秋までかかって獲り尽すが、なお獲り洩れがあって、季節外にまだいがないわけではないが、すこぶる不味い。あるにはあっても、それはすなわち長汀白砂、岩礁少なく、好餌の乏しい関係と、生殖の関係などで、タネはいいものの、たいも生活状況の変調のために漸次不味いものとなり終っているようだ。
自分は今一度、朝鮮にそのたいを食いに行ってみたいと思っている。順天・馬山あたりのものは実に忘れがたい。
ふつう一般には朝鮮だいと言うと、トロール船漁でうすっぺらな赤さをした不味いものという概念のみあって、ついにその朝鮮にべらぼうによいたいが獲れるというようなことは聞かなかったが、バカにはならない。
底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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甘鯛の姿焼き
北大路魯山人
この料理は、東京に昔からあるものだが、大きいのでちょっと厄介である。金串を打つのにコツがあり、なにも知らずに、ただやたらに何本も串を打ってはいけない。
最初に金串を扇形になるように打つ。それからあとは何本打とうと、扇の要かなめのところを中心にすれば適当に打ってよい。そうすると、手で持つのに便利であるし、焼けても扱うたびに身がこわれるという憂いはなくなる。実際やっているのをごらんになれば、一目で納得されるだろうと思う。
甘だいといっても、東京では興津だいといわれるもので、静岡を中心とした近海でとれるのがよいとされている。関西に行くと、北陸からまわってくるもの、若狭から来ているものでぐじといっているが、これは北陸の海に棲息せいそくし、北陸の海のものを食っているので、興津だいとは大分違う。興津だいという甘だいとぐじといっている日本海の甘だいとは一見同じものだが、色が若狭ものは淡うす赤く桃色であり、興津だいと称する甘だいは通常のたいと同じくらい赤色を呈している。ぐじの方は鱗うろこごと焼いても食えるが、興津だいの方は剥はがさねば食えない。
ぐじは鱗ごと食うところに風情があるのであって、一部の人々に喜ばれている。たまたま東京のある料理屋で、興津だいを鱗ごと焼いて出されたことがあるが、これは猿真似で大きな失敗である。東京のは鱗をはがして食わねばならない。鱗ごと焼くのは初めから間違いである。
若狭のぐじは、このようにしゃれた食い方になっているので、それを知っておくことも無駄ではなかろう。また興津だいにも種類があり、白皮しらかわと称されているのがある。白皮とは普通のように皮が赤くなく、薄桃色とか、白いものをいうのであって、東京の魚河岸に行くと普通のたいの二倍、三倍の値がしている。それだけに非常にうまい魚である。肉が柔らかいので生で食うことはないが、焼いて食う場合は見事なものである。
九州の白皮という甘だいは、関東には少ないが、九州から五島列島に行くと、そればかりのように多い。塩をして持って来るけれど、非常にまずく、従って値も安い。時によっては、普通の甘だいの値段の五分の一から十分の一ぐらい安い時もある。形も大きいので、小田原ではかまぼこの材料にずいぶん使っている。
列車で持って来るほど使っているので、現今の小田原のかまぼこは色がついていて、味がくどく、昔の面目を失っている。
本来高級魚である甘だいが、遠隔のため時間が経ち、その美味をまっとうしないのである。産地で食うと、もちろん美味なものである。
この魚は、イタリアのナポリで食ったことがあるが、うまい魚のなかった外国で、とても美味に感じた魚である。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
1934(昭和9)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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アメリカの牛豚
北大路魯山人
小島政二郎君
シカゴの話の続きを書きます。シカゴでは、もう一軒、アイルランド人の経営している料理屋へ行ってみました。ここはやはりロブスター(伊勢えびの類。ただし伊勢えびには鋏はさみがないが、ロブスターにはザリガニのように大きなはさみがある。はさみの大きさ、全身の三分の二くらい)の料理を売り物にしています。
水族館のように、ガラスのケースの中に塩水を満たし、それがロブスターの生簀いけすというわけです。客はガラス越しに見て、好きな大きさの奴を選べば、それをすぐ料理してくれる仕かけになっていますが、味はサンフランシスコのグロット(イタリア料理店)で食べた伊勢えびとは比較にならず、ロブスターは頭が大きいから、もしかしたら脳みそがうまいかも知れないと思い、食べてみましたが一向うまくなく、肉は締まり過ぎていて味がありません。
さて、ニューヨークですが、ここでも土地のひとが最初に案内してくれた家は、アイルランド料理店。ここはカフェテリア式の店で、前もって作ってある肉やサラダを、客が陳列してあるところまで行って、好みに合ったものを自由に取れるようになっています。これでは料理の生命いのちともいうべき新鮮さがなく、不潔感さえあって僕は食べる気になれませんでした。そこで、特に注文してビーフステーキを焼いてもらいましたが、日本の牛肉の方がはるかにうまい。ただし焼き方はわりにようござんした。驚いたことに、ビーフステーキの大きさは日本の三倍もあり、二人で十三ドル五十セント取られました。
概してアメリカの牛豚類の肉は、うまくありません。辛うじて小羊の脇腹の肉が合格程度、ミルクも卵もよろしからず。
ニューヨークについての最初の印象は、アメリカ人の食欲の旺盛さと、食べ方の実に事務的なことです。
例えば、マンハッタンですが、町の一ブロックの角は必ず薬屋ドラッグ・ストアが占めています。ここではご存知のように、薬ばかりでなく、郵便切手、日用雑貨からソーダ水、アイスクリームなどを売り、軽い食事もできるようになっています。店の左側がスタンド式の食堂という作りが多い。見ていると、客はたいていハンバーグとケーキ、それにオレンジジュース、このくらいのものを注文して、またたくうちに食べてしまうと、さっさとまた雑踏の中へ紛れ込んで行きます。
ここで満腹するには、二ドルまではかかりません。朝食の場合ですと、トースト十セント、ハムエッグ三十セント、それにコーヒー二十セント、これで充分です。
ニューヨークのイタリア料理店マルキ。ここでのお酒とソーセージのうまかったこと。これは大書するに価します。わけてもリング(たらの類)という魚の空揚からあげは忘れられません。肉離れがよく、外国にもこんなうまい魚があるか、と感心しました。この魚の大きさは一尺五寸から二尺ぐらい。
魚といえば、国連大使沢田廉三さんの公邸でご馳走になったシーバスの刺身は、ちょいと日本にも例の少ないくらいおいしいものでした。
ここで相当名の知れた「都みやこ」という日本料理店。すきやきが出ましたが、お相撲すもうさんのチャンコ鍋同然で、なにもかもゴッチャに煮ているのには驚きました。聞いたら、主人は新潟生まれ、東京も京都も知らず、参考のために僕がすきやきの模範を示したところ、
「ヘェー、すきやきというものは、そういうふうにして作るものですか」
と目を丸くしていました。呵か々か。
五月二日にロンドンに向かって出発します。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「芸術新潮」
1954(昭和29)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2010年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
鮟鱇一夕話
北大路魯山人
獅子文六ししぶんろく氏との対談で、熱海の福島慶子女史は「アメリカのパン、あんなもの問題じゃない。金魚の餌でしょう」とタンカを切っておられたが、その味覚識見はさすが見上げたものだ。そうはっきりいってのけられるだけのパン食通は、ざらにあるものではない。「うちの親爺おやじ(夫君のこと)はタマネギや肉の一杯はいっているオムレツが大好きなのよ」と田舎者扱いするところなど、女史もなかなか隅におけないおひとだ。
ところで、このわたしは、幼年時代から七十年の長期に渉わたって、日本料理を研究し続けているので、普通人とは少しばかり違うなにかを持っている。さて、そのうぬぼれで女史の日本料理観を随筆から探ると、まるっきり外人の日本料理観としか受け取れない。憶えざかりを十三年、日本を留守にしたひとのことであるから無理もないが、それにしても経験の浅さが、なに恐れるところなく筆を走らせているかのようだ。元来日本のことは何事によらずむずかしいことであるが、とりわけ美術と料理はむずかしく、位人臣をきわめたとて、美術と料理は分りにくいようである。その難問題をいとも簡単に勘所を掴つかんで説き起こし、説き去られるということは女史の聡明さを証明するものであろう。欲をいえば、今少し急がず落ち着き払って経験を積まれたら、味覚界で末恐ろしいひとになるのではないかと思っている。だが、熱海でのわにの話のようなものは、猿も樹きから落ちる譬たとえのように福島女史の図らざりし不覚であろう。
女史がKさんというわに屋からもらったという偽にせあんこうの件はまったく外人的で、あんこうに対する彼女の無知、無経験が生んだナンセンス。おかしくておかしくて、その無邪気さに一時笑いがとまらなかった。
偽あんこうを贈ったKさんは、もとよりわにのつもりで女史の不在中においていったらしい。Kさんはわにの死肉だけを一片持って、相手をたぶらかさんものとなめてかかり、彼女も一応ひっかかってしまったのであるからおもしろい。「そのひとを知らんと欲せば、まずその友を見よ」というところである。
わには知らないが、もともとあんこうという魚は、鍋料理にするとすてきにうまい魚である。脂肪、ゼラチンに富んでいて、なかなかしゃれた食べ物である。ざらにある魚でありながら、鍋料理中もっとも乙なものとされ、高級層にも下級層にも賞味されている。しかも、それが骨以外捨てどころのないという魚で、肉を除いてはことごとくうまいところだらけである。この点、珍しく雅俗混合がぞくこんごうの趣味を有し、味にも、見た目にも、ユーモアたっぷりで、親しめることおびただしい。
ところで、問題の白色なるあんこうの肉、食って食えないこともない故に、殊さらに捨てられもせず食用に供されてはいるものの、とびついて食うほどの者はいない。いわんや肉だけを好んで食う者など一人もあるまい。わたしの経験からいえば、魚屋に前もって「肉はいらないよ」と断っているくらいだ。その代わり、他の部分は全部所望する。他の部分とは、吊り切りにした皮、鰭、臓物、とりわけ肝である。というわけで、肉が食いたくてあんこうを買う者はまずないであろう。Kさんが鰐わにの肉塊をあんこうと称して贈ったかどうか知らないが、この話はてんで問題にならないのだ。
あんこうとして家中の者に与えるなど、いよいよ問題にならない。一見して変だとは疑いながらも、庖丁ほうちょうしたというところが、いささか外人的である。彼女があんこう料理に少しでも知識をもっていれば、いきなりKさんに電話して「馬鹿」の一喝を食わしたはずである。「皮はどうした、肝は、鰭は、臓物は」とたたみかけて問いかけるに違いない。「Kさん、あんたは馬鹿だよ。あんこうの肉なんか、あんこう食いは昔から食わないと決まっていますよ」と叱しかりつけるところだろう。
さてあんこうかな……などと思ってみる余地はないはずだ。済んだことは仕方がない。それよりは身近な日本料理、まずそれを知ってほしい。お気に入ること請け合いだ。手初めにわたしがあんこう料理をして、御賞味願いましょうか。冬がいささか待ち遠しいけれど。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
1952(昭和27)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
2010年1月13日修正
青空文庫作成ファイル:
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洗いづくりの世界
北大路魯山人
これから当分はさかなの洗いづくりの季節である。洗いにもいろいろあるが、一番美味いのは鮎の洗いである。鮎の五、六寸ぐらいの、もちろん獲りたてのものか、または生かしてあるのでなければならないが、これを三枚におろし、片身を斜めに五、六枚につくり、蓼酢たです、わさびなどを調味に添え、肉のいかったのを食う。
鮎特有の澄んで、うるみのある匂いにからんで、一種の天才そのもののような肉の味わいが感覚される。東京にいて考えると、たいそうぜいたくなようであるが、鮎の獲れるところでは、別段のことでもないのである。現地で、しかも、食膳のあたりに山嵐の気でも迫るようであれば、いよいよもって得たり賢しである。この鮎を洗いにして食べる法は、従来の背ごしづくり以外には、あまり一般に行きわたっていないようであるが、味覚の検討、次第にやかましさを加え、交通の利便いよいよ適するに従って、必ずや相当のひろがりをもつに至るだろう。
山川のさかなでも、他に洗いにして美味いものにいわながある。いわなという奴は、深い山から絞り出される雪解けの冷たい水に育つ。大きなのは一尺五、六寸もあるが、八、九寸ぐらいのものを洗いづくりにしたその味わいといったら、まことに一種容易ならぬものがある。
鮎の肉とはちがって、これはもちもちとした鈍重な舌ざわりで、しかも、その中に言いようもなく淡泊で、調子の高いものが含まれている。薄紅を誘って、ほのぼのとした白さをもち、大半透明なところで打ち止めている。その肉の色を見ただけでも、食味の機能はおのずから動き出ようとする。しかし、これも都会にいては話に聞くだけのもので、どうするわけにも行かぬが、暑を山中に避けて、もし、いわなが手に入った場合、これを試みないという法はない。
海の魚では、この五、六月を節として、かれい類が洗いづくりに向いている。がんぞうかれいは美味いが品が少なく、東京でもよほどの食道楽家でないかぎり、これをはっきり承知している者がない。星がれいの洗いづくりも美味い。これは一般向きには、かれい類中の王者として扱われているようであるが、幸い品も豊富で、東京の一流どころの料亭十軒ばかりが使うだけは、毎朝の魚河岸に、その生彩を点じている。
まこがれいもちょっと食える。石がれいに至ると一段と味が落ち、その上、一種のくせもあるので、全然文句なしというわけにはいかない。
ひらめの洗いづくりもやられないことはないが、東京のひらめは大味で、且つ平凡だ。
すずきの洗いづくりは、一般に三百匁ぐらいのものが一番美味いようである。痩せたのと丸々太ったのとあるが、必ず後者を選ぶべきだ。東京の魚河岸には毎朝まだいを塩水に泳がせて、大いにその溌剌たる姿を見せている。百匁以上一貫五百匁ぐらいまでのものだ。従ってたいの洗いづくりは、もっとも自由にできる。だがこれは素敵だ──と叫ぶまでに美味しくはない。いかにたいだとて、東京では洗いづくりにしては、すずきにちょっと頭が上がらない。しかし、たいの洗いづくりは見た眼の態が至極よい。そのしっかりした格調のよさが、黒だいとなると、さらに味調を落とすことは、もちろんない。
こちの洗いも二、三百匁のものは至極結構。
洗いづくりの変り種としては、海にあかえい、川になまずを挙げることができる。海と川との差こそあれ、似通った性質だと見えて、その肉付き、味わい、共に同じようなところがある。強いて美味しいものとは言えないが、辛子味噌として盛夏三伏の節、たまに食べるのもわるくない。また、たこの洗いづくりも似て非なるものである。
東京では、ふなやこいの良品が乏しくて、充分には手に入りかねるが、関西へ行くと、さすがご自慢だけのものがあるようである。が、そのかわり、手長えびの上質なものなぞとなると、これは東京だ。手長えびの洗いのつくりは上品なものである。肉に充分のしまりがあって、他に悪いくせもなく、また妙に甘すぎもしないという点で、食通をよろこばすに足る。
車えび、伊勢えびも、そのくせを嫌わない者には結構であろう。この二者のうち、いずれかと言えば、車えびの方が無論上等である。
近ごろでは洗いづくりをするのに、氷水を使うのが当り前となっているようだが、これはなるべく避けたいものと思う。わずかの氷水でやられるために、同じ洗うにもせせこましくて、且つ出来上がりも清麗でない。この洗いづくりは、なんと言っても井戸の水が一等である。井戸の水さえ良質であれば、まず井戸水にかぎる──と言っても過言ではない。次から次へ、だあだあと出る水をもって、大調子な構えでもって拵える。
刺身のつくり方は、厚くても薄くてもよくない。その魚の性質に応じて一々工夫すべきであると思う。その加減、実にむずかしい。しかし、薄すぎるよりはまだ厚すぎるほうが、水っぽくないだけ取柄である。ただ、堅くて食いづらいという嫌いはある。
日中の暑い日ざしが、いつの間にか弱い風をはらんだ夕闇と交替する。働いた汗がさっぱりと拭われて、座前おもむろに一膳が置かれる。酒を伴わすとも、また伴わずとも、まず箸をつけてみたい洗いづくり。せっかく美味くあってくれなければならないのだ。
底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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洗いづくりの美味さ
北大路魯山人
美味いさかな、それはなんと言っても、少数の例外は別として関西魚である。さかなによっては、紀州、四国、九州ももちろん瀬戸内海に同列するものである。伊勢湾あたりから漸時西方に向かい、瀬戸内海に入るに及んでは、誰しもなるほどと合点せざるを得ないまでに、段違いの美味さをもつことは、夙つとに天下の等しく認めるところで、関東魚はこの点、一言半句なく関西魚の前に頭を下げずにはいられない。しかし、例外の逸品にかかっては、またどうしようもないもので、これから七、八月ごろまでつづく東京近海もののピカ一、星がれいの洗いづくりの前には、関西のそれなど、とても及ぶものではない。私はめったに天下一品などと言おうとするものではないが、こればかりはどうしても天下一品と叫ばざるを得ないのである。
東京築地の魚河岸における朝の生簀いけすには、その偉容、実に横綱玉錦といった風な面構えをもって、水底に悠然たる落着きを見せている。美味さ加減は大きさで四百匁くらいが上乗。ふつう行われる黒だいの洗いよりは少々厚目につくり、水洗いしたものを直ちに舌上に運べば、まさに夏中切っての天下第一の美肴として、誇るに足るものである。このかれい、なかなか大きく成長し、一貫目以上のものも決してめずらしくないが、味の上では問題にならない。
元来、洗いづくりは、生きた魚でなくては駄目なものである。ところが京の魚市場はもちろん大阪の市場にも、東京のそれのような生簀の設備がない。あっても不完全である。従って洗いづくりに事を欠き、洗いと言っては東京の独壇場の観がないではない。だが、東京とてもあの黒だいを紙のごとく薄く洗ったものなど、てんで問題にならないものもあって、一概に誇れたわけのものでもないが、二、三百匁くらいのすずきの洗い、同じくこちの洗いなどは、充分自慢に価する。また、三、四百匁のまだいの洗いも相当のものであるが、星がれい・すずき・こちには及ばない。特殊のものに、あかえい・なまず・たこなど、ややグロなものがあるが、まずは下手珍味の類に加うべきである。こいとふなでは格段にふなが美味く、伊勢えびと車えびでは車えびが調子高く、うなぎ・どじょうの洗いを酢味噌で食う手もあるが、夕顔棚の下ででもなければうつらない。
最後に極め付この上なしを紹介する。それは百匁くらいのいわなの洗い、成熟期七月ごろの鮎の洗いなど。都会では容易ではないが、場所を得れば、敢えて難事ではなかろう。いわなの洗いは、どうしても渓谷深く身をもって臨む以外に法のないものである。私は黒部渓谷、九谷の奥、金沢のごりやなどでしばしば試みているが、星がれいに匹敵して、しかも格別という態の風味をもっていて、絶賛に価する。
今ひとつ格別のものに、北陸ではたらばがにの洗い、東京ではしゃこの洗いがある。これも珍重するに足るのみならず、簡易美食の王者と言えるであろう。裏日本の各所になまずがいる。これも星がれいに匹敵するような美味さをもっている。
底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年8月20日作成
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鮑の水貝
北大路魯山人
あわびの水貝は、あわびを切っただけでよいようなものであるが、これは元来、江戸前の料理だ。それと言うのも、関西にあわびがないからだ。あわびにかぎらず、貝というものは、東京を本場としなければならない。東京のほうは品物も豊富なので、料理法も心得ている。私どもも、そのコツは江戸前の料理から覚えたのだが、あわびの水貝料理は、あわびを固くすることが秘訣だ。まず生きのいい雄貝を塩をたくさん使って揉む。そうすると、塩のために、石突きが石のように固くなる。塩をたくさん用いれば用いるほど固くなる。塩が少ないと中の方までは固くならない。上皮だけが固くても、中の方がグニャグニャしていては余り美味いものはつくれない。中まで固い方がよいのだが、それは生きのよいものに塩を多く用いることで、これが水貝のコツである。
肉面に苔のついたような青いのが雄で、必ずこれを用いる。身の取り方はいろいろあるが、料理人の仕方は、あり合わせの庖丁や、わさびおろしの取っ手の先で起こしている。しかし、一番安全にやる方法は、御飯をつける杓子の小さいのを貝の底に入れて起こすことで、これだと貝に傷がつかない。腸を潰さぬように出す必要があるから、この方法でやると腸は存外潰れない。あわびの腸の中にはドロドロしたものがあって、それを薄い膜が包んでいる。これを破ると中の青白いドロドロのものが出るから、破らないように注意しなければならない。
腸を食べる方法は、水貝の時、生で器の中に入れると水が濁るから水貝と離して食べるほうがよい。生で食うにしても、そうしたほうがよろしい。また、やわらかいのをブツブツ切り、熱湯にサッと入れ、上皮の部分を熱湯に通して中は生のような、つまり、半熟につくり、それにレモン酢をつけて食べる。この方法もよろしい。しかし、ものの味から言うと、生で食べられるものは出来るだけ生、または生に近い方法で食べたほうが美味い。煮たり焼いたり、手を加えるほど味が崩れることを知っておくことが肝心だ。日本人が刺身を賞味するのは、総じて魚は生の肉が一番美味いことを証明していると言えよう。
そのほか、甘辛く味付けして煮て食べるのもよい。これはただ煮ればよいのであるから、つくり方は簡単である。いずれも好き好きにやったほうがよろしい。
底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
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鮑の宿借り作り
北大路魯山人
これは美食倶楽部時代の創案になるもので、今では茶寮料理の名物の一つに数えられている。
原料のあわびは房州のもの、関西方面では伊勢鳥羽浦、山陰では舞鶴あたりから相当いいものが出るが、茶寮では東西ともに房州のものを用いている。房州のあわびには雌が多く、雌は身が厚く赤味があってもっとも優れている。あわびの雄はどうしても身が固く、時期は今ごろから夏にかけてがよい。新緑の頃には、貝に身がついてくるのである。いわば、その身が若々しくなってくるのである。
料理法としてはまず貝から身を外して、塩洗いし、わたも取らずにそのままおろしだいこんをのせて蒸す。八十度ぐらいの熱で二十五分ぐらい蒸すが、その加減は貝にもよる。ちなみにあわびは蒸せば蒸すほどやわらかくなる。だがやわらかくなるにしたがって味が抜けるものであるから、なんでもやわらかくすればいいと思うのは間違いである。
蒸し上げたら充分に冷ましてから、姿なりに薄く切る。そして、よりうどにきゅうりなどを二寸ぐらいに切り、それを千切りにして下へ敷く。わたは別に外して輪切りにして添える。あしらいものに青じそを細かく刻んで添えるなども風情があってよい。
そして、ごらんの通り、元の貝の中に宿らせる。一度ひとの手にかかって料理されたが、ここに料理として生きた姿において食膳にまみえるという意をみせようという心遣いである。
二杯酢の作り方は、酢六勺にだし四勺、すなわち四分六にぼんやりやわらげた酢を作り、それに薄口しょうゆを四勺ぐらい入れ、露しょうがを注さして供する。
風薫る初夏の時候に応じたまことに気分のよい、また口当たりのよいものである。家庭においてご主人の酒の肴にも、またご婦人やお子供衆にも向くものとしてお勧めする。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
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鮎の食い方
北大路魯山人
いろいろな事情で、ふつうの家庭では、鮎を美味く食うように料理はできない。鮎はまず三、四寸ものを塩焼きにして食うのが本手であろうが、生きた鮎や新鮮なものを手に入れるということが、家庭ではできにくい。地方では、ところによりこれのできる家庭もあろうが、東京では絶対にできないといってよい。東京の状況がそうさせるのである。仮に生きた鮎が手に入るとしても、素人しろうとがこれを上手に串くしに刺して焼くということはできるものではない。
鮎といえば、一般に水を切ればすぐ死んでしまうという印象を与えている。だから、非常にひよわなさかなのように思われているが、その実、鮎は俎上そじょうにのせて頭をはねても、ぽんぽん躍おどり上がるほど元気溌剌はつらつたる魚だ。そればかりか、生きているうちはぬらぬらしているから、これを掴つかんで串くしに刺すということだけでも、素人しろうとには容易に、手際てぎわよくいかない。まして、これを体裁よく焼くのは、生なまやさしいことではない。
もちろん、ふつうの家庭で用いているような、やわらかい炭ではうまく焼けない。尾鰭おびれを焦こがして、真黒まっくろにしてしまうのなどは、せっかくの美味おいしさを台なしにしてしまうものだ。いわば絶世ぜっせいの美人を見るに忍びない醜婦しゅうふにしてしまうことで、あまりに味気ない。
こういうわけで、家庭で鮎あゆが焼けないということは、少しも恥ずかしいことではない。見るからに美味うまそうに、しかも、艶つややかに、鮎の姿体したいを完全に焼き上げることは、鮎を味わおうとする者が、見た目で感激し、美味さのほどを想像する第一印象の楽しみであるから、かなり重要な仕事と考えねばならぬ。だから、一流料理屋にたよるほかはない。
いったい、なんによらず、味の感覚と形の美とは切っても切れない関係にあるもので、鮎においては、ことさらに形態美を大事にすることが大切だ。
鮎は容姿端麗ようしたんれいなさかなだ。それでも産地によって、多少の美醜びしゅうがないでもない。
鮎は容姿が美しく、光り輝いているものほど、味においても上等である。それだけに、焼き方の手際のよしあしは、鮎食いにとって決定的な要素をもっている。
美味く食うには、勢い産地に行き、一流どころで食う以外に手はない。一番理想的なのは、釣ったものを、その場で焼いて食うことだろう。
鮎は塩焼にして食うのが一般的になっているが、上等の鮎を洗いづくりにして食うことも非常なご馳走ちそうだ。
私がまだ子どもで、京都にいた頃のことであった。ある日、魚屋が鮎の頭と骨ばかりをたくさん持ってきた。鮎の身を取った残りのもの、つまり鮎のあらだ。小魚のあらなんていうのはおかしいが、なんといっても鮎であるから、それを焼いてだしにするとか、または焼き豆腐やなにかといっしょに煮て食うと美味いにはちがいない。
それにしても、こんなにたくさんあるとはいったいどういうわけだろうと、子ども心にふしぎに思って聞いてみた。すると、魚屋のいうのには、京都の三井みついさんの注文で、鮎の洗いをつくったこれはあらだという。
私はずいぶんぜいたくなことをする人もいるものだなあと驚き、かつ感心した。それ以来、鮎を洗いにつくって食う法もあるということを覚えた。しかし、その後ずっと貧乏書生であった私には、そんなぜいたくは許されず、食う機会がなかった。それでも、今からもう二十五年も昔になるが、遂ついに私もこの洗いを思う存分賞味する機会を得た。加賀の山中やまなか温泉に逗留とうりゅうしていた時のことである。
山中温泉の町はずれに、蟋蟀こおろぎ橋という床ゆかしい名前の橋があり、その橋のたもとに増喜楼ぞうきろうという料理屋があった。鮎あゆとか、ごりとか、いわなとか、そういった深い幽谷ゆうこくに産する魚類が常に生かしてあって、しかも、それが安かった。鄙ひなびた山の中の温泉には、ろくに食うものがないから、飯めしを食おうと思えば、どうしてもそこへ行くよりほかはなかった。
そんなわけで、私はよく増喜楼へ人といっしょに食いに行った。そうした渓魚けいぎょを食っているときに、ふと子どもの頃知った鮎の洗いのことを思い出した。鮎も安かったからではあるが、さっそく鮎の洗いをつくらして食ってみた。驚いた。とても美味うまいのだ。なるほど、三井みついが賞味したわけだと合点がてんした。
美味いに任せて、その時はずいぶん洗いを食った。そうして人が訪ねて来るたびに、増喜楼へ案内して、洗いをつくらせてはご馳走ちそうした。ところが、習慣とは妙なもので、たいがいの人は、あっさり食わない。頭はどうしたとか、骨を捨てちゃったのかと心配する。当時、京都相場なら二円くらいもする鮎が、一尾三十銭ぐらいで始終食えたのだ。それが洗いにすると、一人前が一円以上につく。鮎をそんなふうにして食っては、なんとなくもったいないような、悪いような気がして、美味いとは知っても、勇気の出にくいものである。
しかし、所ところを得れば、洗いは今でもやる。この鮎の洗いからヒントを得て、私はその後、いわなを洗いにして食うことを思いついた。
いわなは五、六寸ぐらいの大きさのものを洗いにすると、鮎に劣らぬ美味さを持っている。
鮎はそのほか、岐阜の雑炊ぞうすいとか、加賀の葛くずの葉巻はまきとか、竹の筒つつに入れて焼いて食うものもあるが、どれも本格の塩焼きのできない場合の方法であって、いわば原始的な食い方であり、いずれも優れた食い方ではあるが、必ずしも一番よい方法ではない。それをわざわざ東京で真似まねてよろこんでいるものもあるが、そういう人は、鮎をトリックで食う、いわゆる芝居食いに満足する輩やからではなかろうか。
やはり、鮎は、ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷やけどするような熱い奴やつを、ガブッとやるのが香ばしくて最上である。
底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
2004(平成16)年10月18日第1刷発行
2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
1932(昭和7)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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鮎の名所
北大路魯山人
あゆをうまく食うには、あゆの成長と鮮度が大いに関係する。京阪や東京でいうと、七月がよい。地方によっては、早い遅いがある。子を持つ前の最大なのがよい。子を持ってからは二番目といってよい。見た目に見事なのを喜ぶ者もあるが、これは素人の話、東京でも盛んにあゆを賞味するので、河岸かしには日本全国からイヤというほど送られて来るが、東京であゆをうまく食おうとするのは土台無理な話で、かれこれいうのがおかしい。あゆの味は渓流激瀬で育った逸物を、なるべく早目に食うのでなければ問題にならない。岐阜のあゆも有名ながら、わたしの口にはあゆ中の最高とはいえず、況いわんや東京ではなおさらだめと知らなければならない。
京都保津川のもよいが、これは土地で生きていてこそいちばんである。東京であゆをうまく食うなどというのは断念した方がよい。多摩川にもいることはいるが、川が適しないためか、さっぱりだめだ。かつて多摩川のあゆでうまいのを口にしたことがない。あゆのよしあしは気候や川の瀬が大いに関係する。日光の大谷川あたりのはちょっとうまいが、これとてもその場で食わなければだめだ。東京へ持って来たので台なしで自慢にはならない。わたしは東京でうまいあゆを食う欲望を昔から捨てている。
あゆのいいのは丹波の和知川わちがわがいちばんで、これは嵐山の保津川の上流、亀岡の分水嶺ぶんすいれいを北の方へ落ちて行く瀬の急激な流れで、姿もよく、身もしまり、香りもよい。今のところここ以上のを食ったことがない。和知川ものを生かして京阪に運び、その日のうちに食えばうまいが、二、三日経たっては脂が抜けてしまう。生きていても、焼いてみるとはらわたなしで、トンネル風に空洞を作っている。はらわたというのは、ほとんど脂でできていると見え、三日も生簀いけすにおれば、ほとんど脂は抜けてしまう。もっとも賞味すべきはらわたが抜けてしまっては価値がない。
あゆは土地土地で自慢するが、それは獲りたてを口に入れるからで、結局地元がいちばんうまい。すべて小型なほどよい。
岐阜人もなかなか自慢らしいが、瀬が激しくないとみえて身がしまらず、ブヨブヨしていて一流品とはいい難い。瀬が激しければ肉がしまるらしい。岐阜は鵜飼うかいで有名だが、料理して食わす段では、はなはだ心もとない。将来は生きのいいところを、鵜匠がその場で見物客に食わす考えを持つべきである。そうすれば、岐阜人にもあゆを語る資格ができるというものだ。地方人がおのおの自分の土地のあゆがいいとか、まつたけがいいとか、たけのこがいいとか、我田引水を絶叫するのは、要するにその土地にいて、その土地の新鮮なものを口にするからうまいのであって、遠くから来たものを食っては、うまかろうはずがない。たいてい土地のひとが、めいめい自分の土地のものにかぎるというのはこの理由によるのである。
しかし、地方人は都会人のように、さまざまのものを体験していないから、勢い我田引水におちいる。あゆにしても、まつたけにしても、いろいろと経験してこれがいいということにならないと、ものの真価をつかむことはできないものだ。井の中の蛙かわずで世界はこれだけだと思うようでは、いつまでたっても、ものの真価はつかめないのである。
例をあげると、土佐のかつおのたたきなどは、もっとも世間的に有名なものとしてひとびとの耳に入っているが、実際はたいしたことはない。なぜかといえば、土佐という海に面した国は料理が発達していないし、贅沢を知らないひとが多いからである。このため土地のひとにはかつおのたたきが、実に天にも地にもかけがえのないほど、うまく感じられるのである。
以上のように、何事も視野が狭いとこんなことになってしまう。それを都会の半可通がめくら判をおして、土佐のかつおのたたきとしきりに鉦かねや太鼓を叩きたがるから始末に困る。実際はそれほどうまくもないし、やり方はわれわれからみると、むしろ食いにくいものにしているというほかない。結局、井の中の蛙なにをいうかというオチが出てくる。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
1935(昭和10)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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鮎の試食時代
北大路魯山人
