1,99 €
最新の中島敦の作品を集めた大全です。 中島敦の代表作である山月記、名人伝、悟浄出世、弟子などを全て掲載しています。 中島敦の世界をご堪能ください。 「中島敦は日本の小説家。 1941年パラオに赴任。深田久弥とは深い交友でありその推薦で、『山月記』と『文字禍』、続けて『光と風と夢』を『文學界』に発表、後者は芥川賞候補となる。 1942年3月、南洋庁を辞職して専業作家生活に入るが、持病の気管支喘息悪化のため12月4日、世田谷の病院で死去。33歳没。」 (Wikipediaより抜粋)
Das E-Book können Sie in Legimi-Apps oder einer beliebigen App lesen, die das folgende Format unterstützen:
Veröffentlichungsjahr: 2018
表紙
目次
扉
本文
南島譚 幸福
南島譚 夫婦
南島譚 雞
弟子
盈虚
悟浄出世
悟浄歎異
牛人
光と風と夢
十年
河馬
かめれおん日記
環礁
狐憑
夾竹桃の家の女
鏡花氏の文章
名人伝
文字禍
プウルの傍で
李陵
狼疾記
山月記
セトナ皇子(仮題)
章魚木の下で
斗南先生
虎狩
和歌でない歌
妖氛録
南島譚 幸福
中島敦
昔、此この島に一人の極めて哀れな男がいた。年齢としを数えるという不自然な習慣が此の辺には無いので、幾歳いくつということはハッキリ言えないが、余り若くないことだけは確かであった。髪の毛が余り縮れてもおらず、鼻の頭がすっかり潰つぶれてもおらぬので、此の男の醜貌しゅうぼうは衆人の顰笑ひんしょうの的まととなっていた。おまけに脣くちびるが薄く、顔色にも見事な黒檀こくたんの様な艶が無いことは、此の男の醜さを一層甚だしいものにしていた。此の男は、恐らく、島一番の貧乏人であったろう。ウドウドと称する勾玉まがたまの様なものがパラオ地方の貨幣であり、宝であるが、勿論、此の男はウドウドなど一つも持ってはいない。ウドウドも持っていない位だから、之これによって始めて購あがなうことの出来る妻をもてる訳がない。たった独りで、島の第一長老ルバックの家の物置小舎の片隅に住み、最も卑しい召使として仕えている。家中のあらゆる卑しい勤めが、此の男一人の上に負わされる。怠け者の揃った此の島の中で、此の男一人は怠ける暇が無い。朝はマンゴーの繁みに囀さえずる朝鳥よりも早く起きて漁に出掛ける。手槍ピスカンで大蛸おおだこを突き損そこなって胸や腹に吸い付かれ、身体中腫はれ上ることもある。巨魚タマカイに追われて生命いのちからがら独木舟カヌーに逃げ上ることもある。盥たらいほどもある車渠貝アキムに足を挟まれ損ったこともある。午ひるになり、島中の誰彼が木蔭や家の中の竹床の上でうつらうつら午睡をとる時も、此の男ばかりは、家内の清掃に、小舎の建築に、椰子蜜やしみつ採りに、椰子縄綯ないに、屋根葺ふきに、家具類の製作に、目が廻る程忙しい。此の男の皮膚はスコールの後の野鼠の様に絶えず汗でびっしょり濡れている。昔から女の仕事と極きめられている芋田ムセイの手入の外は、何から何迄此の男が一人で働く。陽が西の海に入って、麺麭パンの大樹の梢こずえに大蝙蝠おおこうもりが飛び廻る頃になって、漸ようやく此の男は、犬猫にあてがわれるようなクカオ芋の尻尾と魚のあらとにありつく。それから、疲れ果てた身体を固い竹の床ゆかの上に横たえて眠る──パラオ語でいえばモ・バズ、即ち石になるのである。
彼の主人たる此の島の第一長老ルバックはパラオ地方──北は此の島から南は遠くペリリュウ島に至る──を通じて指折の物持ちである。此の島の芋田の半分、椰子林の三分の二は此の男のものに属する。彼の家の台所には、極上鼈甲べっこう製の皿が天井迄高く積上げられている。彼は毎日海亀の脂や石焼の仔豚や人魚の胎児や蝙蝠の仔の蒸焼むしやきなどの美食に饜あいているので、彼の腹は脂ぎって孕はらみ豚の如くにふくらんでいる。彼の家には、昔その祖先の一人がカヤンガル島を討った時敵の大将を唯の一突きに仕留めたという誉ほまれの投槍が蔵されている。彼の所有する珠貨ウドウドは、玳瑁たいまいが浜辺で一度に産みつける卵の数ほど多い。その中で一番貴いバカル珠に至っては、環礁リーフの外に跳梁する鋸鮫のこぎりざめでさえ、一目見て驚怖退散する程の威力を備えている。今、島の中央に巍然ぎぜんとして屹立きつりつする・蝙蝠模様で飾られた・反そり屋根の大集会場バイを造ったのも、島民一同の自慢の種子である蛇頭の真赤な大戦舟を作ったのも、凡すべて此の大支配者ムレーデルの権勢と金力とである。彼の妻は表向きは一人だが、近親相姦禁忌の許す範囲に於いて、実際は其その数は無限といってよい。
此の大権力者の下僕たる・哀れな醜い独り者は、身分が卑しいので、直接の主人たる此の第一長老ルバックは固もとより、第二第三第四ルバックの前を通る時でも、立って歩くことは許されなかった。必ず匍匐膝行ほふくしっこうして過ぎなければならないのである。もし、独木舟カヌーに乗って海に出ている時に長老の舟が近付こうものなら、賤いやしき男は独木舟カヌーの上から水中に跳び込まねばならぬ。舟の上から挨拶する如き無礼は絶対に許されない。或る時そうした場合にぶつかり、彼が謹しんで水中に飛び込もうとすると、一匹の鱶ふかの姿が目に入った。彼が躊躇ちゅうちょするのを見た長老ルバックの従者が、怒って棒切を投げつけ、彼の左の目を傷けた。已やむを得ず、彼は鱶の泳いでいる水の中に跳び込んだ。其の鱶がもう三尺大きい奴だったら、彼は、足の指を三本喰切られただけでは済まなかったに違いない。
此の島から遥か南方に離れた文化の中心地コロール島には、既に、皮膚の白い人間共が伝えたという悪い病が侵入して来ていた。その病には二つある。一つは、神聖な天与の秘事を妨げる怪しからぬ病であって、コロールでは男が之これにかかる時は男の病と呼ばれ、女がなる場合は女の病といわれる。もう一つの方は、極めて微妙な・徴候の容易に認め難い病気であって、軽い咳せきが出、顔色が蒼ざめ、身体が疲れ、痩せ衰えて何時いつの間にか死ぬのである。血を喀はくこともあれば、喀はかないこともある。此の話の主人公たる哀れな男は、どうやら、此の後あとの方の病気にかかっていたらしい。絶えず空咳からぜきをし、疲れる。アミアカ樹の芽をすり潰して其の汁を飲んでも、蛸樹オゴルの根を煎じて飲んでも、一向に効き目が無い。彼の主人は之に気が付き、哀れな下男が哀れな病気になったことを大変ふさわしいと考えた。それで、此の下男の仕事は益々ふえた。
哀れな下男は、しかし、大変賢い人間だったので、己おのが運命を格別辛いとは思わなかった。己おのれの主人が如何いかに苛刻であっても、尚、自分に、視ることや聴くことや呼吸すること迄禁じないから有難いと思っていた。自分に課せられる仕事が如何に多くとも、なお婦人の神聖な天職たる芋田ムセイ耕作だけは除外されていることを有難く思おうと考えた。鱶のいる海に跳び込んで足の指三本を失ったことは不幸のようだが、それでも脚全体を喰切られなかったことを感謝しよう。空咳からぜきの出る疲れ病に罹かかったことも、疲れ病と同時に男の病に迄罹る人間もあることを思えば、少くとも一つの病だけは免れたことになる。自分の頭髪が乾いた海藻の様に縮れていないことは明らかに容貌上の致命的欠陥には違いないが、荒れ果てた赭土丘アケズの様に全然頭髪の無い人間だって俺は知っている。自分の鼻が踏みつけられたバナナ畑の蛙かえるのように潰れていないことも甚だ恥ずかしいことは確かだが、しかし、全然鼻のなくなった腐れ病の男も隣の島には二人もいるのだ。
だが、足るを知ること斯かくの如き男でも、やはり、病が酷ひどいよりも軽い方がいいし、真昼の太陽の直射の下でこき使われるよりも木蔭で午睡ひるねをした方が快い。哀れな賢い男も、時には、神々に祈ることがあった。病の苦しみか労働の苦しみか、どちらかを今少し減じ給え。もし此の願が余りに慾張り過ぎていないなら、何卒、と。
タロ芋を供えて彼が祈ったのは、椰子蟹カタツツと蚯蚓みみずウラズの祠ほこらである。此の二神は共に有力な悪神として聞こえている。パラオの神々の間では、善神は供物を供えられることが殆ど無い。御機嫌をとらずとも祟たたりをしないことが分かっているから。之に反して、悪神は常に鄭重に祭られ多くの食物を供えられる。海嘯かいしょうや暴風や流行病は皆悪神の怒から生ずるからである。さて、力ある悪神・椰子蟹と蚯蚓とが哀れな男の祈願を聞入れたのかどうか、とにかくそれから暫くして、或晩この男は妙な夢を見た。
其その夢の中で、哀れな下僕は何時いつの間にか長老ルバックになっていた。彼の坐っているのは母屋の中央、家長のいるべき正座である。人々は皆唯い々いとして彼の言葉に従う。彼の機嫌を損そこねはせぬかと惴々焉ずいずいえんとして懼おそれるものの如くである。彼には妻がある。彼の食事の支度に忙しい婢女はしためも大勢いる。彼の前に出された食卓の上には、豚の丸焼や真赤に茹ゆだったマングローブ蟹や正覚坊の卵が山と積まれている。彼は事の意外に驚いた。夢の中ながら、夢ではないかと疑った。何か不安で仕方が無い。
翌朝、目が醒さめると、彼はやはり屋根が破れ柱の歪んだ何時もの物置小舎の隅に寝ていた。珍しく、朝鳥の鳴く音にも気付かず寝過ごしたので、家人の一人に酷く叩かれた。
次の夜、夢の中で彼は又長老になった。今度は彼も前夜程驚かない。下僕に命令する言葉も前夜よりは大分横柄になって来た。食卓には今度も美味佳肴びみかこうが堆うずたかく載っている。妻は筋骨の逞しい申し分の無い美人だし、章魚たこの木の葉で編んだ新しい呉蓙ござの敷き心地もヒヤヒヤと冷たくて誠に宜しい。しかし、朝になると、依然として汚ない小舎の中で目を醒ました。一日中烈しい労働に追い使われ、食物としてはクカオ芋の尻尾と魚のあらとしか与えられないことも今迄通りである。
次の晩も、次の次の晩も、それから毎晩続いて、哀れな下僕は夢の中で長老になった。彼の長老ぶりは次第に板について来た。御馳走を見ても、もう初めの頃のように浅間しくガツガツするようなことは無い。妻との間に争いをしたことも度重なった。妻以外の女に手出しが出来ることを知ってからも久しくなる。島民等を頤使いしして、舟庫を作らせたり祭祀をとり行ったりもした。司祭コロンに導かれて神前に進む彼の神々しさに、島民共は斉ひとしく古英雄の再来ではないかと驚嘆した。彼に仕える下僕の一人に、昼間の彼の主人たる第一長老と覚しき男がいる。此の男の彼を怖れる様といったら、可笑おかしい位である。それが面白さに、彼は、第一長老に似た此の下僕に一番酷い労働をいいつける。漁もさせれば、椰子蜜採りもさせる。我が乗る舟の途に当るからとて、此の下僕を独木舟から鱶ふかの泳ぐ水中に跳び込ませたこともある。哀れな下僕の慌てまどい畏おそれる様が、彼にいたく満足を与える。
昼間の劇はげしい労働も苛酷な待遇も最早彼に嘆声を洩らさせることはない。賢い諦めの言葉を自らに言って聞かせる必要もなくなった。夜の楽しさを思えば、昼間の辛労の如き、ものの数ではなかったからである。一日の辛い仕事に疲れ果てても、彼は世にも嬉しげな微笑を浮べつつ、栄燿栄華えいようえいがの夢を見るために、柱の折れかかった汚ない寝床へと急ぐのであった。そういえば、夢の中で摂とる美食の所為せいであろうか、彼は近頃めっきり肥ふとってきた。顔色もすっかり良くなり、空咳も何時かしなくなった。見るからに生き生きと若返ったのである。
丁度哀れな醜い独身者の下僕が斯こうした夢を見始めた頃から、一方、彼の主人たる富める大長老も亦また奇態な夢を見るようになった。夢の中で、貴き第一長老は惨めな貧しい下僕になるのである。漁から椰子蜜採りから椰子縄作りから麺麭パンの実取りや独木舟造りに至る迄、ありとあらゆる労働が彼に課せられる。こう仕事が多くては、無数に手の生えている蜈蚣むかででも遣やり切れまいと思われる程だ。其等それらの用をいいつける主人というのが、昼間は己の最も卑しい下僕である筈の男である。之が又ひどく意地悪で、次から次へと無理をいう。大蛸には吸い付かれ、車渠貝には足を挟まれ、鱶には足指を切られる。食事はといえば、芋の尻尾と魚のあらばかり。毎朝、彼が母屋おもやの中央の贅沢な呉蓙ござの上で醒を覚ます時は、身体は終夜の労働にぐったりと疲れ、節々ふしぶしがズキズキと痛むのである。毎晩斯ういう夢を見ている中に、第一長老の身体から次第に脂気がうせ、出張った腹が段々しぼんで来た。実際芋の尻尾と魚のあらばかりでは、誰だって痩せる外はない。月が三回盈欠みちかけする中に長老はみじめに衰えて、いやな空咳までするようになった。
竟ついに、長老が腹を立てて下僕を呼びつけた。夢の中で己を虐しいたげる憎むべき男を思いきり罰してやろうと決心したのである。
所が、目の前に現れた下僕は、嘗かつての痩せ衰えた・空咳をする・おどおどと畏れ惑まどう・哀れな小心者ではなかった。何時の間にかデップリと肥り、顔色も生き生きとして元気一杯に見える。それに、其の態度が如何いかにも自信に充ちていて、言葉こそ叮寧ていねいながら、どう見ても此方の頤使に甘んずるものとは到底思われない。悠揚たる其の微笑を見ただけで、長老は相手の優勢感にすっかり圧倒されて了しまった。夢の中の虐待者に対する恐怖感迄が甦って来て彼を脅した。夢の世界と昼間の世界と、何いずれがより現実なのかという疑が、チラと彼の頭を掠かすめた。痩せ衰えた自分の如き者が今更咳をしながら此の堂々たる男を叱り付けるなどとは、思いも寄らぬ。
長老は、自分でも予期しなかった程の慇懃いんぎんな言葉で、下男に向い、彼が健康を回復した次第を尋ねた。下男は詳しく夢のことを語った。如何に彼が夜毎美食に饜あき足るか。如何に婢僕ひぼくにかしずかれて快い安逸を娯たのしむか。如何に数多の女共によって天国の楽しみを味わうか。
下僕の話を聞き終って、長老は大いに驚いた。下男の夢と己おのれの夢との斯かくも驚くべき一致は何に基づくのか。夢の世界の栄養が醒めたる世界の肉体に及ぼす影響は、又斯くの如く甚だしいのか。夢の世界が昼の世界と同じく(或いはそれ以上に)現実であることは、最早疑う余地が無い。彼は、恥を忍んで、下男に己が毎夜の夢のことを告げた。如何に自分が夜毎劇しい労働を強いられるか。如何に芋の尻尾と魚のあらとだけで我慢せねばならぬか。
下男はそれを聞いても一向に驚かぬ。さもあろうと云った顔付で、疾とっくに知っていた事を聞くように、満足げな微笑を湛えながら鷹揚おうように頷うなずく。其の顔は、誠に、干潟ひがたの泥の中に満腹して眠る海鰻カシボクーの如く、至上の幸福に輝いている。この男は、夢が昼の世界よりも一層現実であることを既に確信しているのであろう。アアと心からの溜息を吐つきながら、哀れな富める主人は貧しく賢い下僕の顔を嫉ねたましげに眺めた。
× × ×
右は、今は世に無きオルワンガル島の昔話である。オルワンガル島は、今から八十年ばかり前の或日、突然、住民諸共もろとも海底に陥没して了った。爾来じらい、この様な仕合わせな夢を見る男はパラオ中にいないということである。
底本:「中島敦全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年3月24日第1刷発行
初出:「南島譚」問題社
1942(昭和17)年11月
入力:ちょも
校正:田中久絵
1999年8月6日公開
2014年8月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
南島譚 夫婦
中島敦
今でもパラオ本島ほんとう、殊にオギワルからガラルドへ掛けての島民で、ギラ・コシサンと其その妻エビルの話を知らない者は無い。
ガクラオ部落のギラ・コシサンは大変に大人しい男だった。其の妻のエビルは頗すこぶる多情で、部落の誰彼と何時いつも浮名を流しては夫を悲しませていた。エビルは浮気者だったので、(斯こういう時に「けれども」という接続詞を使いたがるのは温帯人の論理に過ぎない)又、大の嫉妬家やきもちやでもあった。己の浮気に夫が当然浮気を以て酬いるであろうことを極度に恐れたのである。夫が路の真中を歩かずに左側を歩くと、其の左側の家々の娘共はエビルの疑を受けた。逆に右側を歩くと、右側の家々の女達に気があるのだろうと云ってギラ・コシサンは責められるのである。村の平和と、彼自身の魂の安静との為に、哀れなギラ・コシサンは狭い路の真中を、右にも左にも目をやらずに、唯真下の白い眩まぶしい砂だけを見詰めながら、おずおずと歩かねばならなかった。
パラオ地方では痴情にからむ女同志の喧嘩のことをヘルリスと名付ける。恋人を取られた(或いは取られたと考えた)女が、恋敵こいがたきの所へ押しかけて行って之これに戦を挑むのである。戦は常に衆人環視の中で堂々と行われる。何人も其の仲裁を試みることは許されぬ。人々は楽しい興奮を以て見物するだけだ。此この戦は単に口舌にとどまらず、腕力を以て最後の勝敗を決する。但し、武器刃物類を用いないのが原則である。二人の黒い女が喚わめき、叫び、突き、抓つねり、泣き、倒れる。衣類が──昔は余り衣類をまとう習慣が無かったが、それだけに其の僅かの被覆物は最低限の絶対必要物であった。──毮むしり破られることは言う迄もない。大抵の場合、衣類を悉ことごとく毮り取られて竟ついに立って歩けなくなった方が負と判定されるようである。それ迄には勿論双方とも抓り傷引掻き傷の三十ヶ所や五十ヶ所は負うている。結局、相手を素裸にして打倒した女が凱歌をあげ、情事に於ける正しき者と認められ、今迄厳正中立を保って見物していた衆人から祝福を受ける。勝者は常に正しく、従って神々の祐助ゆうじょ祝福を受けるものだからである。
さて、ギラ・コシサンの妻エビルは、此の恋喧嘩ヘルリスを、人妻といわず、娘といわず、女でない女を除いたあらゆる村の女に向って仕掛けた。そうして殆ど凡すべての場合、相手の女を抓り引掻き突飛ばした揚句あげく、丸裸に引剥いて了しまった。エビルは腕も脚も飽く迄太く、膂力りょりょくに秀でた女だったのである。エビルの多情は衆人周知の事実だったにも拘わらず、彼女の数々の情事は、結果から見て、正しいと言われなければならない。ヘルリスに於ける勝利という動かし難い輝かしい証拠があるのだから。斯こうした実証を伴う偏見ほど牢乎ろうこたるものはない。実際エビルは、彼女の現実の情事は常に正義であり、夫の想像された情事は常に不正であると固く信じていた。哀れなのはギラ・コシサンである。妻の口舌と腕力とによる日毎の責苦の外に、斯かる動かし難い証拠を前にして、彼は、本当に妻が正しく己が不正なのかも知れぬという良心的な懐疑に迄苦しまねばならなかった。偶然が彼に恵まなかったなら、彼は日々の重みのために押潰されて了ったかも知れぬ。
その頃パラオの島々にはモゴルと呼ばれる制度があった。男子組合ヘルデベヘルの共同家屋ア・バイに未婚の女が泊り込んで、炊事をする傍ら娼婦の様な仕事をするのである。其の女は必ず他部落から来る。自発的に来る場合もあり、敗戦の結果強制的に出させられることもある。
ギラ・コシサンの住んでいるガクラオの共同家屋ア・バイに偶々たまたまグレパン部落の女がモゴルに来た。名をリメイといって非常な美人である。
ギラ・コシサンが初めて此の女をア・バイの裏の炊事場で見た時、彼は茫然として暫く佇立ちょりつした。その女の黒檀彫こくたんぼりの古い神像のような美に打たれたばかりではない。何か運命的な予感が──此の女によってのみ自分は現在の女房の圧制から免れられるかも知れぬという・哀れにも甚だ打算的な予感がしたのである。彼の此の予感は、彼を見返した女の熱情的な凝視(リメイは大変長い睫まつげと大きな黒い目とをもっていた)によって更に裏付けられた。其の日以来、ギラ・コシサンとリメイとは恋仲になったのである。
モゴルの女は一人で男子組合の会員の凡てに接する場合もあれば、或る特別の少数、或いは一人だけに限る場合もある。それは女の自由に任せられるのであって、組合の方で強制する訳には行かない。リメイは既婚者ギラ・コシサン一人だけを選んだ。男自慢の青年共の流眄ながしめも口説も、その他の微妙な挑発的手段も、彼女の心を惹くことが出来ない。
ギラ・コシサンにとって、今や世界は一変した。女房の暗雲のような重圧にも拘わらず、外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥が囀さえずっていることを、彼は十年この方始めて発見したように思った。
エビルの慧眼けいがんが夫の顔色の変化を認めない訳がない。彼女は直ちに其の原因を突きとめた。一夜、徹底的に夫を糺弾きゅうだんした後、翌朝、男子組合のア・バイに向って出掛けた。夫を奪おうとした憎むべきリメイに断乎としてヘルリスを挑むべく、海盤車ひとでに襲いかかる大蛸おおだこの様な猛烈さで、彼女はア・バイの中に闖入ちんにゅうした。
所が、海盤車ひとでと思った相手は、意外なことに痺しびれ鱏えいであった。一掴みと躍りかかった大蛸は忽たちまち手足を烈しく刺されて退却せねばならなかった。骨髄に徹する憎悪を右腕一つにこめて繰出したエビルの突きは二倍の力で撥ね返され、敵の横腹を抓つねろうとする彼女の手首は造作なく捩ねじ上げられた。口惜しさに半ば泣きながら渾身の力を以て体当りを試みたが、巧みに体を躱かわされて前にのめり、柱にいやという程額をぶっつけた。目が眩んで倒れる所へ相手が襲いかかって、瞬く間にエビルの着物は悉く毮むしり去られた。
エビルが負けた。
過去十年間無敵を誇った女丈夫エビルが最も大事な恋喧嘩ヘルリスに惨敗を喫したのである。ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目を瞠みはり、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠こうもり共も此の椿事ちんじに仰天して表へ飛び出した。ア・バイの壁の隙間から一部始終を覗いていた夫のギラ・コシサンは、半ば驚き半ば欣よろこび、大体に於て惶おそれ惑うた。リメイによって救われるかも知れぬとの予感が実現しようとしているのは有難かったが、何しろ無敵のエビルが敗れるなどという大変事を前にして、一体この事柄をどう考えていいのか、又、此の事件が己が身にどう影響して来るのか、大いに惶れ惑わざるを得なかったのである。
さて、エビルはかすり傷だらけの身体に一糸もまとわず、髪の毛を剃られたサムソンの如くに悄然と、前を抑えながら家に戻った。既に習慣となっていた卑屈さのせいで、ギラ・コシサンはリメイと共にア・バイに留まって勝利の歓喜を頒わかつことはせず、意気地なくも敗けた女房のあとについてノコノコと帰って来た。
始めて敗北の惨めさを知った英雄は二日二晩口惜し泣きに泣き続けた。三日目に漸ようやく泣声がやむと、今度は猛烈な罵声が之に代った。口惜し涙の下に二昼夜の間沈潜していた嫉妬と憤怒とが、今や、すさまじい咆哮ほうこうとなって弱き夫の上に炸裂したのである。
椰子の葉を叩くスコールの如く、麺麭パンの樹に鳴く蝉時雨せみしぐれの如く、環礁の外に荒れ狂う怒濤の如く、ありとあらゆる罵詈雑言ばりぞうごんが夫の上に降り注いだ。火花のように、雷光のように、毒のある花粉のように、嶮けわしい悪意の微粒子が家中に散乱した。貞淑な妻を裏切った不信な夫は奸悪な海蛇だ。海鼠なまこの腹から生れた怪物だ。腐木に湧く毒茸。正覚坊の排泄物。黴かびの中で一番下劣な奴。下痢をした猿。羽の抜けた禿翡翠はげかわせみ。他処からモゴルに来たあの女ときたら、淫乱な牝豚だ。母を知らない家無し女だ。歯に毒をもったヤウス魚。兇悪な大蜥蜴とかげ。海の底の吸血魔。残忍なタマカイ魚。そして、自分は、その猛魚に足を喰切られた哀れな優しい牝蛸だ。…………
余りの烈しさ騒々しさに、夫は耳が聾したように茫然としていた。一時は、自分がすっかり無感覚になったような気がした。対策を考える暇などは無いのである。怒鳴り疲れた妻が一寸ちょっと息を切って椰子水に咽喉を潤おす段になって、やっと、今迄盛んに空中に撒き散らされた罵詈が綿カボックの木の棘の様にチクチクと彼の皮膚を刺すのを感じた。
習慣は我々の王者である。この様な目に会いながら、妻の絶対専制に慣れたギラ・コシサンはまだア・バイのリメイの許に逃げ出す決心がつかないでいた。彼は唯哀願して只管ひたすらに宥恕ゆうじょを請うばかりである。
狂乱と暴風の一昼夜の後、漸く和解が成立した。但し、ギラ・コシサンがキッパリとあのモゴルの女と切れた上で、自ら遥々カヤンガル島に渡り、其の地の名産たるタマナ樹で豪勢な舞踊台オイラオルを作らせ、それを持帰った上で、其の披露旁々かたがた二人の夫婦固めの式を行うという条件つきである。パラオ人は珠貨ウドウドと饗宴との交換によって結婚式を済ませてから数年の中に又改めて「夫婦固めの式ムル」をすることがある。勿論之これには多額の費用が要いるので、金持だけが之をするのだが、大して裕ゆたかでないギラ・コシサン夫婦はまだ之をしていなかった。今此の上に尚舞踊台迄も作るということは並々ならぬ経済上の無理を伴うものだったが、妻の機嫌を取結ぶためには何とも仕方が無かった。彼はなけなしの珠貨ウドウドを残らず携えてカヤンガル島に渡った。
恰好なタマナ材は直ぐに切出されたが、舞踊台の製作には大変暇がかかった。何しろ脚が一つ出来たといっては皆を集めて一踊り祝の踊をし、表面が巧く削れたといっては又一踊りするので、仲々はかが行かない。初め細かった月が一旦円くなり、それが又細くなる迄かかって了った。其の間カヤンガルの浜辺の小舎に起臥おきふししながら、ギラ・コシサンは時々懐かしいリメイのことを心細く思い浮べた。あの恋喧嘩ヘルリス以来自分があの女に会いに行けない苦しさを、果してリメイは解って呉くれているだろうかと。
一月の後、ギラ・コシサンは莫大な珠貨ウドウドを職人達に支払い、新しい見事な舞踊台を小舟に積んでガクラオに帰った。
彼がガクラオの浜に着いた時は夜であった。浜辺にあかあかと篝火かがりびが燃え、人々の手を拍ち唱いはしゃぐ声が聞える。村人が集まって豊年祈りの踊をしているのであろう。
ギラ・コシサンは踊の場所から大分離れた所に舟を繋ぎ、舞踊台は舟に残したまま、そっと上陸した。静かに踊の群に近付き椰子樹の陰から覗いて見たが、踊る人々の中にも見物の中にも妻のエビルの姿は見えない。彼は心重く己が家へと歩を運んだ。
ひょろ高い檳榔樹びんろうじゅ木立の下の敷石路をギラ・コシサンは、忍び足で灯の無い家に近附いた。妻に近附くのが、唯何となく怖かったのである。
猫のように闇中を見通す未開人の眼で彼がそうっと家の中を窺った時、彼は其処そこに一組の男女の姿を見付けた。男は誰か判らないが、女がエビルであることだけは間違いない。瞬間、ギラ・コシサンは、ほっと、助かった! という気がした。目前に見た事の意味よりも、いきなり妻に怒鳴りつけられる事から免れたことの方が彼にとって重大だったのである。次に彼は何か少し悲しい気がした。嫉妬でも憤怒でもない。大嫉妬家のエビルに向って嫉妬するなどとは到底考えられぬことだし、怒りなどという感情はいじけた此の男の中から疾とうに磨滅し去っていて今は少しの痕跡さえ見られない。彼は唯何かほんの少し寂しい気がしただけである。彼は又そっと足音を忍ばせて家から遠ざかった。
何時かギラ・コシサンは男子組合ヘルデベヘルのア・バイの前に来ていた。中から微かに明りの洩れるのを見れば、誰かがいるに違いない。はいって見ると、ガランとした内に椰子殻の灯が一つともり、其の灯に背を向けて一人の女が寝ている。紛まごう方なきリメイだ。ギラ・コシサンは胸を躍らせて近寄った。向うむきに寝ている女の肩に手を掛けて揺すぶったが、女は此方を向かない。眠っているのではない様子である。もう一度揺すると、女が向うをむいた儘言った。「私はギラ・コシサンの思い者メゲレゲルだから、誰も触ってはいけない!」ギラ・コシサンはとび上った。欣びに顫ふるえる声で叫んだ。「俺だ。俺だ。ギラ・コシサンだ。」驚いて振向いたリメイの目に大粒の涙が見る見る湧いた。
大分長い間経って二人が我に返った時、リメイは(エビルを負かす程の強い女だったにも拘わらず)さめざめと泣きながら、彼が来なくなってからの久しい間に、如何に操を立てるのが苦しかったかを、かき口説いた。もう二三日も立てば或いは操を立て通し切れなかったかも知れないとも言った。
妻があれ程淫奔で、娼婦が斯かくも貞淑だという事実は、卑屈なギラ・コシサンにも竟ついに妻の暴虐に対する叛逆を思い立たせた。以前の壮烈な恋喧嘩ヘルリスの結果を見れば、優しく強いリメイがついている限り、幾らエビルが攻寄せて来ても恐れることはない。今迄之に思い到らず、愚図愚図とあの猛獣の窟から逃出さなかったとは、何という愚かなことだったか!
「逃げよう。」と彼は言った。此の際にもまだ逃げるなどという臆病な言い方を彼は用いた。「逃げよう。お前の村へ。」
丁度、モゴルの契約期間も満期になる頃だったので、リメイも彼を伴っての帰村を承知した。二人は篝火のまわりに踊り狂う村人達の目を避け手を携えて間道から浜に出ると、先程繋いでおいた独木舟に乗り、夜の海に浮かび出た。
翌朝白々明けに舟はリメイの故郷アルモノグイに着いた。二人はリメイの親の家に行き、其処そこで結婚した。程経て、例のカヤンガル出来の舞踊台を村の衆に披露し、旁々盛大な夫婦固めの式ムルを挙げたことは言う迄もない。
一方、エビルは、夫がまだカヤンガルで舞踊台の出来上りを待っているとのみ思って、日夜数人の未婚の青年を集めて痴情に耽っていた。しかし、或日のこと、アルモノグイ近辺から来た椰子蜜採りの口から、竟に、事の真相を聞きつけた。
エビルは忽たちまちカアーッと逆上した。世の中に自分程可哀そうな者は無い、オボカズ女神の身体がパラオの島々と化して以来、リメイ程性の悪い女は無い、と喚わめき、ワアワア泣きながら家を飛び出した。海岸のア・バイの所迄来ると、その前の大椰子樹に手を掛けて上ろうとした。昔、大変古い昔、此の村の或る男が財宝ウドウドと芋田と女とを友人に欺きとられた時、その男は此の椰子の親木(今からずっと前に枯れて了しまったが、其の頃はまだ椰子としての男盛りで村一番の丈高い樹であった)に駈け上り、其の天辺から村中の人々に呼び掛けて、己の欺かれた次第を告げ、欺瞞者を呪い世を怨み神を怨み己を生んだ母親をも怨んで、それから、地上へ飛び下りた。之が言伝えに残る・前にも後にも此の島唯一人の自殺者だが、今エビルは此の男に倣ならおうとした。しかし、男になら訳なく登れる椰子の樹も、女には仲々むずかしい。殊にエビルは肥って腹が出ているので、登り易くする為に椰子の幹に刻んだ切痕を五段も攀じ上ると、早くも呼吸が切れて来た。もう之以上はどうしても登れそうもない。口惜しさにエビルは大声を出して村人を呼んだ。そうして、其の高みから(それでも地上二間位は登っていたろう)ずり落ちまいと必死に幹にしがみつきながら、己の憐れな境遇を訴えた。海蛇の名に誓い椰子蟹と小判鮫の名にかけて、夫と其の情婦とを呪った。呪いながら、涙にかきくれた目で下を見ると、村全体が集まっているに違いないと思った期待がすっかり外れた。下には僅か五六人の男女が口をあけて彼女の狂態を見上げているだけだ。誰ももうエビルの叫喚には慣れて了って、又始まったと昼寝の枕から首も上げないのであろう。
とにかく、相手が僅か五六人では、何もこんなに喚くがものはない。それに、先刻から厖大な身体がともすれば滑り落ちそうで仕方が無い。エビルは今迄の叫喚をピタリと止め、多少きまり悪げな笑いを浮べてノソノソ下りて来た。
下にいた数人の村人の中に、エビルがギラ・コシサンの妻になる以前に大変懇ねんごろであった一人の中年男がいた。悪い病のために鼻が半分落ちかかっていたが、大変広い芋田を持った・村で二番目の物持である。下りて来たエビルは此の男の顔を見ると、自分でも訳が分らずにニコリとした。途端に、男の視線が熱いものとなり、忽ち意気投合したのであろう。二人は手を取り合って、鬱蒼たるタマナ樹の茂みの下に歩み去った。
残された少数の見物人も別に驚きはせぬ。二人の後姿を見送ってニヤリと笑ったばかりである。
四五日すると、エビルと共に白昼タマナの茂みに姿を消した中年男の家に、エビルが公然と入り込んだことを村人は知った。鼻の半分落ちかかった・村で二番目の物持は、丁度、最近妻に死なれたばかりだったということである。
斯くてギラ・コシサンと其の妻のエビルとは二人とも、但しめいめい別々にではあるが、幸福な後半生を送ったと、今に至る迄村人達は語り伝えている。
× × ×
話は以上で終るのだが、此こ処こに出て来るモゴル即ち未婚女の男性への奉仕という習慣は、独逸ドイツ領時代に入ると共に禁絶されて了しまい、現在のパラオ諸島には其の跡を留めていない。しかし、村々の老婆に尋ねて見ると、彼女等はいずれも若い頃その経験をもったとのことである。嫁入前には誰しも必ず一度は他村へモゴルに行ったものだという。
さて、今一つのヘルリス即ち恋喧嘩に至っては今尚到る所で盛んに行われている。人間の在る所恋あり、恋ある所嫉妬ありで、蓋けだし之は当然であろう。現に筆者も彼の地に滞在中したしく之を目撃したことがある。事の次第も其の烈しさも本文中に述べた通りで(私の見たのも矢張言いがかりを付けて来た方が返り討ちに会ってワアワア手離しで泣きながら帰って行ったが)昔と少しも変る所が無い。ただ違うのは、之を取巻いて囃はやし応援し批評する観衆の中に、ハモニカを持った二人の現代風な青年の交っていたことである。二人とも、最近コロールの町に出て購もとめたに違いない・揃いの・真青な新しいワイシャツを着込み、縮れた髪に香油ポマードをべっとりと塗り付けて、足こそ跣足はだしながら、仲々ハイカラないでたちである。彼等は、活劇の伴奏のつもりなのであろうか、如何にも気取ったポーズで首を振り足踏をしながら、此の烈しい執拗な闘争の間じゅう、ずっと軽快なマーチを吹き続けていた。
底本:「中島敦全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年3月24日第1刷発行
2003(平成15)年3月20日第6刷発行
初出:「南島譚」問題社
1942(昭和17)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2004年8月11日作成
2014年8月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
南島譚 雞
中島敦
